Insight
化粧品の広告規制は、消費者を守るために大切なものです。
一方で、SNSや越境ECが広がり、海外ブランドの情報が日々届くようになった今、「日本のブランドだけが厳しいルールの中で戦っているのではないか」という声も聞かれるようになりました。
J-beautyは、これから世界でどのように存在感を高めていけるのでしょうか。
そして、そのために広告規制や美容情報のあり方は、どう変わっていくべきなのでしょうか。
本企画では、美容業界に関わるさまざまな立場の方々に、J-beautyの未来と広告規制についてお話を伺っていきます。
今回ご登場いただくのは、スキンケア成分ハンターの竹岡篤史さん。
成分や処方、皮膚科学の視点から化粧品を見つめてきた竹岡さんは、現在の広告規制をどう見ているのでしょうか。SNSや越境ECによって競争環境が変わるなか、J-beautyが世界で戦うために必要な視点を伺いました。
スキンケア成分ハンター
成分や処方、皮膚科学の視点からスキンケア製品を分析・発信。 化粧品の研究開発、成分設計、広告表現、国内外の美容トレンドに関する知見をもとに、 J-beautyの可能性を多角的に見つめている。
現在の化粧品広告規制は、生活者を守るための仕組みとして、一定の機能を果たしていると思います。
事実誤認や誇張表現を避けることは当然必要ですし、化粧品である以上、医薬品のような効果を期待させる表現には慎重であるべきです。
一方で、いまの規制運用では、あらゆる製品について有効性を示唆すること自体が難しくなっているようにも感じます。
本来であれば、開発時点でどのような研究が行われているのか、どのようなエビデンスがあるのかによって、製品ごとにもう少し細かく区分けされてもよいはずです。
しかし現状では、研究開発やエビデンスの積み上げが、広告表現の中で十分に考慮されにくい。
もちろん、現在の薬機法や景品表示法の基準では致し方ない部分もあります。
ただ、真面目に研究を重ねている製品ほど、その価値を生活者に伝えにくいという状況は、今後考えていくべき課題だと思います。
竹岡さんの視点
「あらゆる製品や有効性を示唆することがダメになっており、研究開発やエビデンスを考慮した区分けができていないと感じています」
現場で特に課題だと感じているのは、規制準拠の差です。
以前は、海外のラグジュアリーブランドであっても、日本国内に支店を持ち、日本の法律を守ったうえで販売・広告を行っていました。
そのため、海外ブランドも国内ブランドも、同じ規制環境の中で、価格や品質、ブランド力を競うことができていたと思います。
しかし、Covid以降、個人輸入や越境ECを含めて、海外製品の流入が大きく増えました。
さらにスマートフォンやSNSの広がりによって、2010年代半ば以降に高まっていた韓国文化への関心が、2022年以降は韓国スキンケア製品の急速な流入につながったと感じています。
その背景には、インフルエンサーマーケティングの広がりがあります。
インフルエンサー、SNSを支援する企業、韓国ブランド、OEM企業が連携し、従来の化粧品業界とは違うスピード感で商品が広がっていく。さらに、非化粧品業界からの新興企業も流入してきました。
その結果、これまで国内市場で保たれていた「規制を守りながらバランスを取る」という風潮が崩れてきたように思います。
海外のルールで開発された商品が、日本の規制では十分に縛りきれない形でPRされる。
一方で、日本製品は国内規制の影響を強く受ける。
この“逆鞘”のような状況は、大きな問題だと感じています。
ただし、これは単に「韓国のやり方がひどい」という話ではありません。
日本側の開発やPRの仕方も、意識を変えていく必要があると思います。
竹岡さんの視点
「韓国のやり方がひどいというだけでなく、日本側の開発やPRの仕方も意識を変えていく必要があると思います」
広告規制について、基本的な指針を大きく変える必要はないと思っています。
守るべきなのは、生活者にとって「過剰品質」や「事実誤認」にならないルールです。
根拠のない効果訴求や、医薬品のような効能を想起させる表現は、当然慎重であるべきです。
ただし、運用方法はもっと細分化していく必要があります。
たとえば、基礎研究なのか、臨床評価なのか。
化粧品なのか、医薬部外品なのか。
どのようなエビデンスに基づいているのか。
こうした違いを踏まえながら、生活者に誤解を与えず、企業が正しく価値を伝えられる仕組みが必要です。
また、これからは国内だけを見ていては不十分です。
輸出と輸入の両面から、海外市場を意識した制度設計にしていくことが重要だと思います。
J-beautyの国際競争力は、大きく2つあると考えています。
ひとつは処方力、もうひとつは基礎技術です。
処方に関しては、テクスチャーの幅や精緻さだけでなく、安定性を含めた品質面に強みがあります。
もちろん、テクスチャーについては地域ごとの好みもありますし、海外ブランドも年々改善されています。そこだけで日本がずっと優位に立てるわけではありません。
一方で、皮膚科学や処方技術における基礎技術の深化は、日本が世界でも非常に高い水準にある領域だと思います。
これは、ある意味では厳しい広告規制があったからこそ成長した部分でもあります。
広告で簡単に効果を言えないからこそ、基礎研究や技術の積み上げが重視されてきたのだと思います。
ただ、その一方で課題もあります。
広告で何も言えない環境が続いたことで、臨床面での評価技術が十分に進んでこなかった面があります。
基礎研究は強い。
でも、それを臨床評価としてどう示すのか。
そして、消費者にどう伝えるのか。
基礎と臨床、化粧品と医薬部外品。
この大きな柱をどう運用していくかが、今後の薬機法や景品表示法の運用において大切になると思います。
J-beautyを国家戦略産業として海外でも伸ばしていくには、個別企業だけの利己的な変化では不十分です。
国としての公平な仕組みづくりや、情報の共有が必要だと思います。
どうしても業界の仕組みづくりは、老舗大手企業を中心とした既得権益に寄りがちです。
しかし、それだけでは世界の競争スピードから遅れてしまいます。
韓国では、基礎研究に対する国からの支援の枠組みが多く、人種や国ごとの皮膚データの違いなども共有されていました。
また、広告規制においても、医薬品のようなクレームはできない一方で、美容効果については臨床試験のエビデンスルールを決めることで、PRクレームの幅を広げてきました。
その結果、各ブランドにとって臨床試験が開発の重要項目になり、K-beautyの強みのひとつになったと思います。
一方で、現在のK-beautyは、臨床試験が一巡したことで差が見えにくくなっている面もあります。
どのブランドも似たような臨床試験を行うようになると、良し悪しの差が伝わりにくくなるからです。
その中で、日本が国際的な強みにできるのは、世界でも非常に厳しい規制と、基礎試験の積み上げです。
基礎研究、臨床評価、化粧品、医薬部外品、医薬品、美容治療。
さらに、薬機法と景品表示法。
これらを分断せずに整理し、より信頼性の高い「J-Quality」として、海外に向けて発信していくべきだと思います。
SNS時代の制度設計を考えるうえで、まず押さえておくべきなのは、現在主流のSNSやECの多くが海外企業によって運営されているということです。
情報流通の主導権やアルゴリズムの主導権は、海外プラットフォーム側にあります。
そして、こうした変化に迅速に適応するのは、企業よりも個人のほうが早い。
一方で、企業はコンプライアンス遵守の観点から、どうしても発信に制約を受けます。個人の発信をすべて縛ることにも限界があります。
その中で、企業の情報発信は、リリース配信やオウンドサイトに限られがちです。
しかし、それだけではSNS時代の情報流通には十分対応できません。
必要なのは、J-beautyのすべてを知ることができる、便利で信頼性のある場所です。
製品情報、研究情報、成分情報、ブランド情報を集約する。
さらに、そこに登録制の美容のプロがコメントできる仕組みをつくる。
発信すること自体に一定の権威性が生まれる場を設計するイメージです。
バラバラに似たような情報を発信していても、情報は分散してしまいます。
それでは国家戦略にはなりません。
SNSによる自由度の高い発信や感想と、国や企業による公的な情報。
さらに、登録制の美容のプロによるコメントの仕組み。
これらを組み合わせ、情報の交流を増やし、国も企業もPDCAを回せる環境をつくることが大切だと思います。
とにかく、国家として、そして業界としての標準をつくることが重要です。
竹岡さんの視点
「とにかく、国家として、そして業界としての標準をつくることが重要です」
竹岡さんのコメントから見えてきたのは、広告規制を「緩めるか、厳しくするか」だけで語らない視点です。
生活者を守るルールは必要です。
一方で、研究開発やエビデンスを積み上げた製品が、その価値を正しく伝えられる仕組みも求められています。
J-beautyの強みである処方技術や基礎研究を、どう臨床評価や情報発信につなげ、世界に向けて「J-Quality」として示していくのか。
厳しい規制を信頼の基準へと変えていくことが、これからのJ-beautyの競争力につながるのかもしれません。